本ブログでは、日浦祐次氏の過去のブログ記事を掲載させて頂いております。日浦氏にとっては過去のものであり、現在のご自身と、運営する瞑想教室「サハスラーラ新宿」にとっては不要とのお考えから全文削除されたそうです。管理人が、過去に日浦氏のブログにより救われた経験を持つため、後に続く真理を求める人のために是非とも!と、再掲載をお願いいたしましたところ快くご承諾下さいました。この場を借りて、日浦祐次氏に厚く御礼申し上げます。 Copyright © Yuuji Hiura all rights reserved.
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美女と白大蛇9
先ずは、先生の金縛りを解いたのだ。
その瞬間、先生はタタミの上に倒れてしまった。
それを見た信者達が駆け寄ったが、そのことには目もくれず、白蛇の意識をリサーチした。
推理すれば、 今まで先生が立っていた空間には、
そのまま白蛇の化身になった「意識体」が存在するはずである。
その空間領域に対し、わたしは金縛りの術を使い、エーテルの存在する空間全域を固定したのだ。
エーテルとは、書籍「覚醒への道標」において、詳しく書いてあるが、
肉眼では見ることの出来ない超微粒子のエネルギーであり、
電磁波としての性質をもつ光りの波である。
東洋のヨーガ 修行者たち、チベット密教などは、これをプラーナとも呼ぶ。
気功では「気」といい、「レイキ」とも 言われているそれである。
このエーテルは、意識や霊の媒体であり、それ独自の意識的なエネルギーを持っている。
この エーテルを霊的な視力よって観る事が出来るようになると、その利用方法も学ぶことが出来る。
しかし、エーテルの説明はこれくらいにしよう。
わたしの一計は、上手くいったようだ。何故なら白蛇の化身は、その姿を現したからだ。
なぜ、隠れた白蛇が姿を現したのか。
わたしが金縛りのために固定したエーテルの空間の大きさというのは、タタミ下 1mくらいの領域から、上は天上を突き抜けた 領域までの大きさであり、それは球体なのだ。
なぜ、そのように大きな球体の空間 なのかといえば、例えば、魚を捕獲する時には大きな網が要る。それと同じ理由からだった。固定した球体の中心では、美しいパール色の光りを放つ白蛇は、 じっとしていたから、たぶん身動きが取れないのだろう。しかも白蛇は思念を放っていないのは、わたしに意識を読み取られたくないに違いない。
その白蛇を信者たちが観たか否かは分からない。
倒れた先生は、女性信者達が介抱しているが、身体は特に異常が無いはずだ。
この白蛇が現れた段階において、 ようやく白蛇との対決が始まるのだ。聖霊が気をつけろというくらいだから、この白蛇は侮れない。次なる攻めは、白蛇との対話であった。
わたしが質問しようと 思うよりも先に、
白蛇の化身は静かに語りかけてきた。
「わたしを見抜いたのは、お前が始めてである。
このオンナも信者もわたしを神だと信じている。」
「人を騙すような神がいると思うのか?」
「お前が現れなければ、すべてが上手くいった。」
「じゃあ、なぜ、わたしを呼んだのか?」
「わたしと組めば、お前は世界を支配できるからだ。」
ああ、なんという頭の悪い自称の神だろうか。
世界を支配したいのは、白蛇の化身だと言うのに。
美女と白い大蛇8
わたしは、勝負に出た。
信者達にも聞こえるよう、大きな声をだして、こう言った。
「白蛇の化身よ、隠れていないで、われと語れ!」 そう言い放ったとき、
信者たちは、一歩、二歩と後退したではないか。
先生には白蛇が憑依していると、信者達は宣告されたからだろう。
このことは、集団のエネルギーがバラバラになったことを意味する。
それは、白蛇とは知らないまま、無意識的に 先生すなわち白蛇をバックアップするという信者にも、
新たな疑問を投げかけたことに なったからだ。
わたしは間髪をいれず、こう言った。
「オンナに隠れるとは、何たる卑怯者か!」
そのように、信者たちと白蛇の化身に対して、思い切り馬鹿にしてやったのだ。
その反応が起こることを期待して。
大勢の信者のまえで、わたしから馬鹿にされた白蛇の化身は、どう出るのだろうか。
そのまま尻尾を巻いて逃げたら、笑いものになるはずだ。
もう戻って来れないだろう。
さりとて信者の前には、蛇の姿など見せられないだろう。
それとも別の化身として、 再び信者たちの前に現れるのか。
だが信者は警戒心を持つにいたるだろう。
わたしは 白蛇との戦いにおいて、優位に立ったのだ。
そう思った瞬間、かの聖霊の声が響き渡った。
「能天気にうぬぼれてはいけない。」
そうか、守護霊や聖霊は、この場面に立ち会っているのだ。
しかし、わたしや白蛇の 化身に対しては何ら干渉しない。
それは、わたしの実地教育の一環として、彼等は 見守っているのだ。
そう思った瞬間、
「偉大なる盲目の戦士よ、しっかりと学べよ。」 そういう聖霊の暖かな思念が貫いた。
そうだ、勝ったなどと思い上がってはいけない。
まだ勝負はついていないのだ。
しかし、このままだと先生の身体的な苦痛が高まる。
しかし、金縛りを解けば、白蛇も 自由になる。どうしたものか。
聖霊にヒントを求めたが、なにも教えてくれない。
自己判断によって、自らが学べと言う教えのようだ。
聖霊の加護があるのだから、 自分のリスクを恐れることはない。
窮地に立ったら、お前を助けると言った聖霊を信じよう。
わたしは、過去世の記憶をすべて思い出してはいない。
しかし、過去世において、あらゆる修行法を体得してきたことを、おぼろげながら知っている。
わたしは、 自分の中から未知なる力が湧き起こっていることを知覚した。
それを、この先生と白蛇に対して、使えというのか??
美女と白い大蛇7
わたしが意を決したというのは、
姿を隠した白蛇を金縛りに出来ないことから、
先生を金縛りにすることにより、同時に白蛇を金縛りにするという作戦をとったのだった。
金縛りにする方法は危険であるから、内緒にしなければならないが、
わたしは、踊り続ける先生のオーラを固定した。
すると、先生は踊ることが出来なくなり、立ったまま、 身体は硬直状態になった。
「ああ、主さま、なにをなさるのですか?」
先生は、そう言ったのだから自分の身体を拘束されたことに気付いたのだろう。
金縛りは成功したはずだ。
『貴方を助けたい』 わたしはテレパシーを発して、先生の意識に呼びかけた。
おかしな事を言えば、男性信者たちが、わたしを襲うであろう雰囲気がひしひしと漂っている。
教会は、異様なまでに緊迫していた。
しかし、先生はわたしのテレパシーを受け取ることが出来ないようだった。
「主さま、苦しいから、体を自由にしてください。」
そう言う先生には、テレパシー能力が無いというのに、
蛇の化身は先生の意識をコントロールしているのだ。
どういう方法を用いているのか。
信者の多くは席を立って、わたしと先生の周囲に 人垣を作っていた。
信者達の眼には激しい憎悪と共に一種の恐怖心も映し出されていた。
信者たちは、今にもわたしに襲い掛かりそうな殺気もあった。
わたしが「手かざし」によって、 先生を金縛りにしたことは、信者の目には誤魔化すことができない状況だった。
その先生は、苦しいから、助けてくれと訴えている。
もし、わたしが信者に取り押さえられたら、空手を学んでいるからと言っても人数的に勝てない。
あっという間に組み敷かれてしまう。
それが恐くは無いが、わたしが拘束されたとしたら、 白蛇の攻撃が始まるだろう。
それは絶対に避けなければならない。
まさに真剣勝負になった。負けを恐れてはいけない。勝負には気迫も大切なのだ。
美女と白い大蛇6
先生の白足袋を履いた足は、タタミの上を滑るように動き出した。
裾は乱れて、肩から胸の一部が露出するような動きになった。
大勢が見守る中で、妖艶なショーを見ているようだった。
この先生は、美人であるだけでなく、元々肌の色が白い。
加えて、日中は屋外に出ないのだろう。太陽光を浴びている人には思えなかった。
周囲の信者さんたちもまた、先生の姿に目が釘付けのようだった。
おそらく、普段は踊りなどやらないのでは無いか。
わたしは、先生の挙動よりも、意識の変化に注目していた。
なぜかと言うと、先生は、白蛇の意識に支配されているはずだから。
わたしは、白蛇の姿をとった意識を探した。
白蛇と先生の意識がどのように干渉しあっているのか、知りたかった。
しかし、白い大蛇の意識を読むことが出来なかった。
先生の挙動は、ダンスのようでもあり、日本舞踊のようでもあり、
そのどちらでもなかった。先生の動きは激しさを増してきた。
ここで繰り広げられている異様な光景は、いったいなんなのだろうか。
わたしのオーラが特別だと言った青年達は、彼等自身に霊的な視力があったのか。
それとも先生が霊視をしたから、わたしを連れてきたのか。
そして、先生の周囲を取り巻いた、巨大な白蛇は、美しいパール色の鱗を持っていた。。。
この教会は、およそ 100 帖敷きの広さがあった。
その照明は、天上に付けられた多くの蛍光灯だった。
室内はかなり明るい。蛍光灯は、1 秒間に約 60 回もの点滅を繰り返しているのだ。 論理的には。
しかし、人の目は、その点滅を見ることが出来ない。
だが霊的に発達した人の目は、その点滅をも見ることが出来る。
先生の歌もまた、先生自身の乳白色のオーラを振動させる波動であり、波として、周囲に広がっている。
それを信者さんたちは、観る事ができていたのか。
先生から放たれるオーラは、わたしや信者さんたちの身体を突き抜けて、 外部へ流れてゆく。
屋外の通行人もまた、その波を受けるのだが、感じ取る人は皆無だろう。
先生の踊りは、先生の意思によるものではなく、白蛇の化身である意識によって、
先生の感情が 支配されているのだ。
しかし、先生は汗をかいて、呼吸も苦しそうだった。
いつまでも 踊らせておくわけにはいかない。
わたしは、意を決した。
先生は、もうわたしへの視線はなく、
異次元の世界を観ていたのでしょう。
手かざしを止めて、静かに座り、また歌を口にしていました。
声は小さくて、聞き取りにくいものの、それは、和歌のようでした。
そして、歌い終わると、淋しそうな顔になり、こう言ったのです。
「ああ主さま・・・主さま・・・
わたしの愛が、あなたさまへ届かないのでしょうか・・・・」
それは、もはや先生の言葉ではなく、
白蛇の形体をとった未知なる意識体の言葉に違いないのです。
これは色仕掛けか、他の企みがあるのか、わたしには分からなかった。
こんな経験は初めてですから。
わたしは、先生の発した言葉には接触せず、先生の意識を観察していました。
言葉に接触しないという 意味は、音響であり波動でもある言葉のエネルギーを、
自分の感情に伝達させないというテクニックを用いたのです。
そうしなければ、わたしの情念が動き出すことになり、相手の仕掛けた挑発に乗るかも 知れないからです。
「如何なる想念も捕らえるな。また、如何なる想念も捕らえるなという想念をも捕らえるな!」
これは、聖霊が教えてくれた高度なテクニックなのです。
その先生は、言葉による攻略が効果なしと思ったからか、
すっくと立ち上がると、ゆっくりと両手を高く上げたのです。
一体、なにが始まるのでしょうか。。。
立ち上った先生は、顔を上に向けて天上を見ながら、上にのばした両腕を合掌していた。
そしてまた、和歌のような歌を口ずさみながら、
ゆっくりと身体を動かし始めたのだった。
それは、祈りのポーズなのか、それとも踊りなのか、
わたしには、まったく判別がつかない。 というのも、わたしは学生時代、ダンスホールへ通い、プロのダンサーから社交ダンスを習ったことがある。
しかし、幾人ものダンサーから言われたことは、 「あなた、わたしを投げ飛ばす気なの?」と。 空手と剣道、機械体操をやっていたから、ついそのような構えになるのだろう。
結局はダンスを誰からも教えてもらうことが出来なかった。